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                           ポルトガルでの日々の記録
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師匠3歳7か月。一人でいろいろやってますw



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師匠はみんなが見ていないところで歌を歌ったり、踊ったりしています。そーっと見に行くとすぐにやめて、恥ずかしそうにしています。少し前は木製の刀をギター代わりにして、ギターを弾くまねをしていました。ただのポロロンではなかったですよ。ちゃんと体を反らしてギタリストばりのジェスチャーをしておりました。


最近の師匠はボタン付きのパジャマを着たくて仕方がありません。ボタンを自分で留めれるようになったら、何度も留めたいみたいです。褒めてあげたら得意になったんでしょうね。時間がかかっても自分でやると言って聞きません。


最近湯沸かし用のケトルを新調したのですが、前のケトルと違ってお湯が沸くとピーと音を立てるんですね。その音がどうやら師匠は怖いらしく、少しの音でも沸いてると(早く止めてくれと)私に伝えてきます。一度フランのところに行っている時にお湯が沸き、音がなりっぱなしでいたので怖くて号泣して私のところにとんできました。


師匠の眉毛は小僧の下がり眉毛とは反対に、立派な山形をしています。でも機嫌が悪かったりすると、眉毛の真ん中が下がって緩やかなN字になるんですね。どうしたらそんな形になるんだ、っていうくらいなのでどうしても笑ってしまいます。師匠からしたらぐずってる自分をみて笑うなんて、とカオスに思ってるかもしれませんね。


なかなか撮れないのでぼやけてますが、こんな眉になります↓


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で、「Não piada!」(面白くない!)と言います。確かになんですけどね。小僧がよく師匠をからかって笑うのですが、その時も「Não piada!」と言い続けてます。

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キャンディは家のそばにある、薪などを置いてある場所の物置の奥でひっそりと死んでいました。そこにはケージのようなキャンディの寝床があり、いつもそこで寝ているのですが、死んでいた場所は、物を動かさなければ見つけられない狭い空間でした。


おそらく自らその場所に行ったとは思うのですが、ときどき野良猫や野良犬が来るので、隠れるためにそこに入ったのかもしれないし、出られなくなっていたのかとも考えたのですが、それなら泣いて訴えるだろうし、そばにいたのに、3週間も見つけてあげられなかったのがかわいそうで。。。


キャンディが見つかる前日の夜に、キャンディが帰ってきた夢を見たんです。毎日キャンディのことを考えていたから、とうとう夢にも出てきたのかと思っていたのですが、死んでしまっていたけれど、私の元に帰ってきたなあと、正夢になったなあと思いました。


キャンディにこんなことを思うのは悪い気もしますが、少しだけ肩の荷がおりたんです。私が数日いないだけで病んでしまうくらいだったから、もちろん年齢的にキャンディが先に逝くだろうとは思っていても、私が先に死ねないなあと思っていたんです。なんとしても私が見送ってあげなければと考えていたから、別れは悲しいけれど、悲しみで病んでいくキャンディを想像するほうがもっと辛かったので。


キャンディには本当に感謝しています。長年飼いたかった猫を迎えることができて、退屈な妊娠生活や辛い子育て期間に癒しを与えてくれたし、何よりも私を好きでいてくれた。はじめのころは一緒に寝て、目覚ましが鳴ると前足で私の頬を触って毎朝起こしてくれたことは忘れません。どんどんエスカレートしていく私のファシティーニャ(おさわり)を限界まで我慢してくれてたことも。ありがとう。おやすみ。


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おそろいのターバンを作ったんだけど、うまく装着できずに
ハチマキ付けた感じになったキャンディと自撮りした去年


小僧9歳8か月。手紙をくれました。



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最近は写真を撮るよーと小僧に言うと、師匠も来ます。自分も写してもらいたいようです。



私の誕生日が少し前にあったのですが、去年は何もしなかったことや、忘れてしまっていたことをずっと後悔してしていたのか、誕生日近くになると、もうすぐだね、とか今日何日だっけ?と確認していた小僧。そして、誕生日には手紙をくれました。



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白く消してある部分は、がっつり私の年齢がw



左が私で、家の中で小僧と師匠がパーティーの準備をしている絵だそう。2階には子猫が入った箱があり、もうキャンディは帰ってこないだろうと思ってか、子猫をプレゼントする設定で書いたみたいです。でも実際はキャンディがもう帰ってこなくても新しい猫は迎えないようにしようと思っています。師匠に猫アレルギーがあるので家の中では飼えないし、子猫を自由猫とするのは小さいのにかわいそうなので。。。


最近授業で詩を書く授業があり、できあがったものを見せてくれました。日本ではどうだったのか忘れてしまいましたが、ポルトガルでは詩を書くときは、できるだけ韻を踏んで作るようにと教えられるようです。


Mãe                             お母さん



Quando tenho uma dúvida               疑問があるとき

Não há nada a temer                  恐れることは何もない

Porque a minha mãe está               だって僕のお母さんが

Aqui para resolver                    ここにいて解決してくれるから

Gosto dos teus cabelos                あなたの髪が好きです

Sempre a brilhar                     いつも輝いているから

E dos teus olhos                     そしてあなたの瞳も 

Que vou sempre adorar                 いつも愛しています

Estás sempre a trabalhar                あなたはいつも働いている  

E nem um descanso                   休むことなく

Se eu trabalhasse assim,                 もし僕がそんなふうに働いていたら

Ai que me canso!                     疲れてしまうよ 



*翻訳が完璧でないかもしれません。間違っていたらご指摘お願いします。


赤のペアと青のペア、緑のペアが韻を踏んでいる部分です。

この詩を見た時感動したのですが、最後の2行はちょっと笑ってしまいました。小僧の愛情が伝わる詩でした。





先週の月曜日からキャンディがいなくなってしまいました。


朝はいつものように玄関前の椅子の上で横になり、パイの出勤と子供たちの通学を見送って、私が子供を送り届けて帰ってくるのを待っているのが日課になっていました。でも昼頃からキャンディの姿を見かけず、そのまま1週間が過ぎてしまいました。


この時期は繁殖期なのか、1日ほど家に帰ってこない年もありましたが、こんなに長く不在になることはないので、どこへ行ってしまったんだろうという思いです。


家のまわりを探し、貯水槽がいくつかあるので見たくないながらもチェックし、ご近所さんの倉庫に閉じ込められていたこともあったのでその中も見たりと、とにかくいそうな所を見て回ったのですが、どこにもいません。



キャンディが家に来てからちょうど10年になります。ただの偶然かもしれませんが、いなくなる少し前にキャンディは夜遅くまで普段居座ることのないカーテンのない小窓のそばから離れず、私たちをずっと観察しているようなことがありました。私ほど好きではないパイに対しても、過剰なほどスリスリしていたようです。お別れをしていたのでしょうか?


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5月4日 一番最近を写したキャンディ





師匠3歳6か月。銅像と化す。


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5月3日に学校で母の日イベントがありました。小僧と師匠のそれぞれの学校で同じ時間帯で行われたため、小僧を連れ出し師匠の学校に行って母の日イベントに参加。上の写真のように、みんなが歌を歌っている中、動じず銅像と化していた師匠。恥ずかしいのか、少し涙目になってきて、立たされているのが不憫でならなかったのですが、かわいそうながらもちょっと笑いがこみあげてきてしまいました。練習もしただろうに。たくさんのママたちの前ではできなかったようです。


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そのあとのケーキタイムでやっと笑顔を見せてくれて、息子2人と楽しい時間を過ごすことができました。プレゼントは、


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手形の壁掛け。ありがとう、師匠。


この1ヵ月の間、師匠は熱を出し、お腹も痛いというのでパイと病院に行きました。お腹にウイルスが入ったのかな?と思ったのですが、扁桃腺をやられたのか、黒くなっていたそうです。それでたくさん食べれないためお腹が空き、腹痛を訴えていたのではとのことでした。シロップの薬を処方してもらい、飲んで快方に向かったのですが、今度は顔と体に赤い湿疹のようなものが出てきて、はじめは水ぼうそうなのかなあと思って再びパイに病院に行ってもらったら、どうやら飲んでいた薬の抗生物質によるアレルギー症状だとのことで、病院で治療をしてもらい、かゆみ止めの薬を飲んで3,4日でアレルギー症状はなくなりましたが、咳もひどく出ていたので、気になって私がぐっすり寝れず、ときどき目が覚めては大丈夫かと確認する日々も送り大変でした。



師匠は今、お手伝いをしたがります。私がケーキを作っていると、興味津々で椅子に乗って泡だて器で自分も混ぜることをやりたいと言い出します。夕食が出来上がるとみんなを呼ぶのですが、師匠がキッチンにすでにいる時は、パイと小僧に「Vamos Comer」(食べましょう)と伝えてくれます。母の日イベントでは、あとで師匠を小僧の学校に連れて行ったのですが、師匠の学校にはない畑に興味を持ち、大きな生徒の子と混じってジョウロを持って水やりをやっていました。水の入った重いジョウロを一生懸命運んでいる姿は、親バカながらかわいかったですよ。